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私は中学・高校と普連土学園で6年間過ごしました。
「全ての人に神の種、内なる光がある。誰もが尊い存在である。」クエーカーの信念です。
この信念を基に6年間を過ごしました。

普連土学園では毎日礼拝があります。月曜日と火曜日は先生や海外からのゲスト、卒業生などから、ご自身の経験に基づいたお話や世界情勢など様々なテーマに関してのお話を聞きました。
水曜日は静かに自分の心を見つめる「沈黙の礼拝」があります。普連土学園に入学して初めての沈黙の礼拝の時間は、20分という時間をどのように過ごしたらよいのかわからず困ってしまいましたが、学年があがるにつれ、この20分間は静かに心を落ち着けて過ごす大切な時間となりました。普連土学園の同窓会で礼拝についての思い出を話すとこの沈黙の時間が一番良かったという人がたくさんいます。就職して一人暮らしをしている友人は時々一人で沈黙の時間をもっているそうです。自分自身も何か決断が必要なときや困ったときなどは沈黙の時間を作って静かに自答します。
木曜日はクラス礼拝です。当番の生徒2名が礼拝の司会をします。そして、原稿用紙2枚分くらいに書かれた話を読みます。話を聞いてクラスメートの意外な一面がわかったり、自分と同じような悩みを抱えているのだと少し気が楽になったり、お薦め本について夢中で話す友達を眩しいと感じたりしたものです。今ではとても懐かしい普連土学園での思い出です。
金曜日は中学と高校の自治会の委員長さんたちによる礼拝です。原稿用紙7枚前後にも及ぶ話は内容も深く、同世代の人がここまで考えたり、世の中の出来事にそこまで強い関心をもっていたりするのだと驚くこともありました。でも、金曜日の礼拝の話で私が一番感動したのは、小学校の時に友達とうまくいかなかったことについて聞いたときでした。辛い体験を話そうとしたその勇気に胸が熱くなりました。また、そういう話を皆が真剣に聞くというのも普連土学園だからこそできるのだと思いました。
礼拝の時間は、自分の内面を大きく成長させる日々の糧としてとても貴重だったと思います。また、礼拝中に友人や先生方のお話を聞くことにより、「人の気持ちを相手の立場に立って考える」という習慣が身に付いたように思います。
毎朝、講堂に全校生徒800名が集まって20分間という礼拝の時間を共有する、私にとってそれは本当に大切な時間でした。

普連土学園で行われている礼拝

普連土学園では毎日礼拝を行うという習慣があります。月曜日、火曜日は学校の先生が担当してくれます。この時間は講話を聞くといった内容になっており、非常にタメになると感じさせられる内容に仕上がっているのです。また、海外からゲストや学校を招へいしているケースもあり、いつもと違った気持ちで取り組む生徒も多い様子です。

普連土学園の礼拝として、水曜日はいつもと違う内容になっています。「沈黙の礼拝」と呼ばれるものですが、自分の心を再度見つめ直すというものです。普連土学園での取り組みとしては20分間、静かに自分のことを考え直す時間を与えられるのです。就職活動時に面接や履歴書を書く機会が多いと思いますが、このとき、自己分析は必要不可欠なものでしょう。これを考える時間を与えられるという意味では、もしかしたら非常に貴重なものになるのかもしれません。普連土学園ならではの習慣行事ですが、これを利用して就職活動に役立てていた生徒も多いようです。

また、木曜日の普連土学園ではクラス礼拝というものを行います。担当する生徒2名は当番制。原稿用紙2枚程度のお話を朗読する中で、自分を見つめ直す機会になるのです。金曜日になると中学と高校の自治会委員長さん達が礼拝に来てくれます。話の内容は生徒よりも長めですが、生徒たちの意欲を引き出してくれる内容となっています。

普連土学園
http://www.friends.ac.jp/

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